平野啓一朗の新刊「滴り落ちる時計たちの波紋」(6月30日第一刷発行)の装丁が、Gertsch,Franzの、Nataschaであることに、目眩がした。過去、個人的に、Schwarzwasser / 234 x 181 cm, 1990/91(→)を見た時、rossoの塑像に似た驚きを抱いたことがあり、それがまったく水の波紋のように蘇った。water deskの発端とは云えないが、凸凹の世界に水平面を見いだすことが、ひとつのピュアな抑制の作法と考えた契機になったとも、今となっては思い当たる。平野の作品の寡黙な饒舌さという日本語のパラドクスが、そうした作法とイコールであると云うわけではないが、この若い創作者の態度には、時代の成熟した眼差しが宿っていることは疑いない。丁度、water deskの撮影のロケーションを巡らせ、水平面をどこで捉えるかという想いを転がしているところであったので、肩を叩かれた気分がする。簡単、単純な選択肢だけで、鮮明になるものがある。