071108.jpg高速を軽井沢で降り、旧軽井沢の別荘地を静かに迷走移動しながら、「続明暗」 / 水村美苗を憶いだしていた。中軽井沢のセゾン美術館で、コレクションを観てランチをとり、手入れされた庭を歩きながら、コレクションの殆どが馴染みのある過去と真っすぐ繋がっているので、引き寄せられる過去の断片に若干羞恥を覚えた。
国道で小諸まで戻り、懐古園脇に小さく残されてた小諸義塾記念館に立寄り、資料年譜を見ると、指導教員の名字の下に、父親と伯父の、以前より命名の理由に首を傾げたことが何度かあった名前が並んでいるので、当時の祖父の、息子たちへの命名の起源を探り当てたような気持になり、父親に告げるとそうかもしれないと、驚いた表情で頷いていた。
雷を伴う雨が午後から降り出すという予報を聞いてから両親を誘って出かけたロケハンドライブだったが、軽井沢の気温は21度で心地よく、小諸インターから帰りの高速に乗り上げた頃は、曇天から快晴となり、サービスエリアで青木村の竹の子等を買い込んだ父親と母親は、予報なんてあてにならない唐突な小旅行に満足げだった。
善光寺の横にあった市営球場が公園に変わったと聞いて、帰り道に寄る。中央に植えられたケヤキが枯れている。遊具等も置かれたお粗末な設計に呆れる。
車の中で約束した麻婆茄を、庭先から捥いだ茄子に春雨を加えて豆板醤で辛めに味付けをしてこしらえ、マヨネーズにコンデンスミルクなどを加えた甘いドレッシングサラダで対比させた夕食を、酒も呑まずにぺろりと平らげてから、急に溢れた疲労で2時間カウチに沈む。

ユーボートより携帯に緊急の撮影業務の依頼連絡があり飛び起きて、来週のスケジュールを急遽変更了解する。
ここ数ヶ月両親が近隣の方々と一緒に取り組んでいる、実家脇の市所有空地(3千平米弱)住民提案型公園計画の意思決定会議が翌日にあるので、こちらのアイディアを判りやすくまとめてくれと頼まれ、合成の画像作成の為に、ドライブの前の朝早く空地を撮影をしていた。世界中の公園をネットで探索し、私の気分として、「雑木林」を平行検索していた。一切利便的な加工構築しない「雑木林の再生」という、住宅地の中へ木陰を創出させる案を上乗せすると、軽井沢の別荘地やセゾン美術館の庭の潤った大気に触れたせいか、当初は、公園には東屋もベンチも必要だと唱えていた両親は、変哲の無い木陰でいいねと、心を入れ替えてくれた。

夜遅く家族の世話を終えた妹が、秋に開催予定のイベントの件で訪れ、公園のまとめを横に置いて、話を聞くと、小田切(西山という長野では非常に奇妙な場所)だといので、翌日の現地(廃校)下見にロケハンの意味を加えてカメラを持って同行させてもらうことにする。

頼まれ事を片付けると冴え渡ってしまい、シアターシステムで、一度疲労の縁で曖昧に眺めていたBrokeback Mountain(2005) / 李安(1954~)を、真っすぐで丁寧だが幾つかのプロットにあからさまな力不足の部分があるな、などと観終えると外が明るくなっていた。

近くのホームセンターで偶然に小型エスプレッソマシンを発見し購入。tsurutaに送って貰った珈琲を持参していたので、カップッチーノを作ると、ドリップより数段旨いので皆に喜ばれる。

深夜、次女よりiTunesのクレジット残額が少なくなった連絡を受け、ギフトカード送付。


m-950-bs-2.jpg善光寺の脇を西に茂菅へ抜け、裾花川沿いを走ってトンネルの手前を左に上ると、小田切地区に着く。
一体どうしてこんな場所に人は住むのか首を傾げる感覚をずっと抱いたまま、錬成センターと分館である旧小田切小学校をロケハン。現在は青少年の為の施設となっている。道路より西側に続く山襞の重なりの眺望に、高地民族の視線が宿る。国道19号線小市西へと帰りは逆の路を辿って下り、西日を背に受けて市街地に入る。

Chopper (2000) / Andrew Dominik(1967~) は、史実ではなく脚色したものというテロップがはじめに示される。脚本・演出が娯楽へ傾かずに、Mark Brandon Read(1954~)という饒舌な個人の他者性が説明を加えずに映像化されている。用意周到な撮影のメイキングも添えられている。
Mary(2005) / Abel Ferrara(1951)
Natinal Treasure2
長野実家にて使用するMy Pallas MTB26.21sp,W-Suspension,M-950を注文

雨樋取り付け工事が終わり、足場が撤去。日曜日に東京に戻る準備をする。