200px-Masaoka_Shiki.jpg週末の花金に、強かに三軒梯子して久しぶりに呑み過ぎ翌日は萎れていた。スケジュールを詰めて欲張り、その反動で酒を欲張った。酒の席で口から出るのは最近の観念のトートロジーで、聴く者のことを考えず前のめりで、最初から手元を見ておらず、もんじゃを汁から鉄板に垂らして立ちのぼった水蒸気に店中の客が振り返っていたが、しばらくまだ別を考えていた。柄谷の本を2冊を放り出して届いた平出隆を捲り、野球好きからの連結だろうか、ページに現れた正岡子規(1867~1902)を書棚に探すが見あたらないのでアマゾンで仰臥漫録 (岩波文庫) をクリックしようとしたが、実家の書棚にあったような気がしたのでやめた。
休日は丁度百年程前に結核の病で倒れた男の年譜を眺め、それから世界史年表を辿り始め、明治の終わりと今とどれほどの違いがあるのか判らなくなり、終日、あれこれ散漫に引き寄せられた本を捲っていた。

土曜の夜は、ushiyamaが持ってきてくれたThe Road “carver SK8 boards”を、酒の残る頭で眺め、深夜の青春サーフィン映画をのんびり見て寝たが、休日に身体性の発現をどこかに求める意気地は湧かなかった。
ushiyamaがようやく手に入れた1968年の50mmをつけたleica M3と、テストプリントを持ってきたので、ファインダーを覗くと、ゲルマンの突き詰めた観念プロダクトがずっしりと手首に痺れた。開発者の、眺めることの果てを無限想起している精神の塊とも云える。計測の機器と云ったほうがよろしい。

後楽園のユーボート制作室の事務所開きが先に送られた連絡を受け、開発端末のシステム分解移転の計画を急がずに、撮影スケジュールを早めることにして、夜おそくなってから準備する。


問題は、罪の世紀に関わりの無い世代が、償いの世紀をその倫理の手法と認めることができるかということだが、全体的な新しい倫理の基準は「償う」行為となるしかない。人類のコンテクストによって償う必要の無い人間的立場自体の成立が不可能である手法理論とならねば、立場の差異化を容易にさせ、新しい属性の罪を生成する動機にもなりかねない。
自分を振り返り、過ちを任意に認めて償うという個人的な認識は、兎角エゴイスティックな自己完結で終わり、倫理的というよりも、たとえば戦争体験を語らず黙して墓の中へ持ち込む個人的な未熟な生理や、犯罪の法執行に服すること同じで、いかにも特殊であり「償い」は倫理へ至らない。
技術的なことの成熟と深化を、これ(償いの倫理)と連動するには体系的な変革を決断するしかないが、多くの場合最初は「償いの意味」の査定に費やされることになる。一体どういう罪を犯したのかを認識する場合、倫理構築にとって欠かす事のできない精神的気概が、認識による絶望と、脆弱短小な反省によって、負のベクトルへと影響を受けるから、この認識を固有な特殊なものと帰結させるべきではない。つまりいかに罪のパラダイムを構造的に共有できるかへ繋げるステップが必要となる。
いずれ「他者性」の認識も、同様に踏み越えて、その差異を含めた上で、無関係を保ったまま、償いの倫理へ導かれるシステムが現れる。これは例えば、「地図」google earthのようなものからはじまっているが、まだ誘導力としては不完全であり、演繹的且つ超越論的なビジョンが、新たな機能アイコンとしてシステムに加わる必要がある。
「見えること」を、こうした筋に率直に行うと、選択肢はかなり削られる。
ー償いの倫理に関するノート / 070708 Ethics of compensation