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「ロベルト・ムージル」の後、「半島」を捲ると嘘っぽいので途中でやめる。説明的な嘘に付き合う時間は無し。
アマゾンのオススメDVD1200本を辿るが、4本しか残らない。
9500が届き、巨大なので、急遽オフィスを整理。4種類の印刷用の紙を試験的に使ってみようと、
ファインアートペーパー・フォトラグ A3ノビ / ¥6,510
キヤノン写真用紙・光沢 ゴールド A3ノビ / ¥2,680
ファインアートペーパー・プレミアムマット A3ノビ / ¥3,053
ファインアートペーパー・ミュージアムエッチング A3ノビ / ¥ 7,843
を注文。



今の世の人間として、物の見方はどうしても厳密のほうへ傾く。本人の主観としては、自分はずいぶん粗雑に、雑駁に物を考え、ふるまっているようでも、現代以前の人間に比べれば、考えることはおのずと細かくて、厳密である、と。さて、厳密に考えるほどに、考える範囲は狭くなる。とくに成熟した人間は、物事をできるだけ狭く限り、厳密に判断する。そうして、自分自身のことをきわめてよく認識している人間もいる。そういう人間からみれば、大方の人間どもは自身のことも知らず、じつに馬鹿げたことばかり口走っている、というふうに映る。ところが、そういうふうに物の見える人間でも、自分の今いる位置、認識の場所、あるいは対象に対する距離、そこから一ミクロンでもずれると、もう自身、馬鹿なことを口走りはじめる、と。
現代人は子供っぽいといわれます。私なども、昔の人に比べれば、ずいぶん子供っぽいようです。どうかして二十歳の学生みたいなことをしゃべっている。では、地道で厳密な職に就いている人はどうかというと、この人たちこそ、仕事から離れると、青年みたいなことをとかくしゃべるものでね。厳密たらんとするのは、ひとつの良心であるのだけれど、そのために守備範囲は狭くなる。その範囲の内の認識はすぐれていても、そこからちょっとずれると、もうひっかかりがなくなって、おさなくなる。現代人のひとつの特徴です。ー


観念小説に関しては、プラクティカルにはこういうことが言えると思います。若い人が観念小説を書く。若くて頭が冴えている、超越的なものへの感覚も動いているから、観念小説に向いているかというと、じつはそうでもないのです。実際の体験に即した小説だったら、若い人でも、その体験の鮮烈さについて、ずいぶん強い作品ができるのですが。
観念小説といえども、いきなり観念に踏み込むのではなくて、現実の足場から観念に入っていく。そのとき、最初の足場、玄関口がやわだと、全体の観念の構築も弱くなるのです。大方の人は逆に考えているようですけれども、観念小説は、どちらかというと、中年から高年にとって有利な仕事ではないか、そうあるべきだと思っています。
まずあたえられた現実が、狭いなりに手応えたしかにあらわされると、そこから観念の世界はおのずから展開していく。初めのところがおさないと、踏まえどころを見出せない観念が堂々めぐりをして、未熟で粗雑なものばかりが目立ってくる。いくらか年を重ねて行き詰まった人間こそ観念的になるべきなのだ、また、なるだけのいわれが、じつは実際的にあるのではないかと、逆のことを考えています。
ーエッセイズム / ロベルト・ムージル / 古井由吉より抜粋


幾つか絵コンテ(ペットボトル、枝、焚き火、雨)がようやく明快に浮かぶ。


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