This manの再編集を開始。途中何度か目眩がしてそのまま深く眠り込む。その人の言葉を繰り返し辿り、断片をカットするだけのことだが、撮影を終えたばかりの昨年の印象とは違った言葉の持つ膨らみがあり、間合いがあり、これを徹底して追うことをしないと、その人を裏切ってしまう気配(罪悪感)が立ち込めるので、これまでのものと比べて、編集後の長さも、断片併置も変わってしまう事をよしとした。
人間の振る舞いや言動を限定して断片化させることに、限界は勿論あるが、映像となって残る、その人々の、善良さではない、「よりよき方向」に姿勢を向けている事実が、記憶となればいい。結局、3人分の再編集に16時間ほど時間を注ぐ。
こちらの持つ能力(というものがあるとして)を、全的に映像に投射するので、素晴らしい疲労がある。こちらも年齢を重ねたおかげで、すべての作業が歪曲や虚飾を切断するような決心の蓄積が心地よい。
Takenouchiから、そろそろ期限が近づいた博士取得に関する研究テーマに関する相談をもちかけられ、こちらとしては、あまり上手な指針を示せなかったが、Ushiyamaの新作を眺めてなかば感動しつつ関心するTakenouchiのささやかな経験が、彼のカラダのどこかを鋭く刺激したに違いない。自分は写真など撮れないという小さなデジカメのデータを見せてもらうと、なるほどプロダクトデータのようなものばかりだったが、これもひとつのリアリティーであるというプライドが生まれればいいだけのことで、最後には、時代に合わせて風呂敷を広げすぎないで、シンプルなスタンスに立ち戻ればとだけ伝えた。
Quartz対応の映像データを制作するので、データの重さが半端でない。だが、最近の季節がリバースしたような気温の影響もあるのかしら、困難さや重さといったものが、むしろ良い予兆と受け止められる。そろそろ全開で力を絞り込む時期かもしれない。