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河野が三番目の赤ん坊を抱いて旦那と訪れる。20年近くになるか。

朝早く外を歩いてから少し仕事をして昨日訪れた夫婦から頂いたベッカライのおいしいパンを食べつつふいに曲尾のふへへという笑いが浮かんで思わず声に出して一人で笑う。昨夜だったか丑山から来月頭に遊びに来るという電話があり河野(旧姓)家族と納の物まねのビデオを観たこともあり過去の人々が連想されのかもしれない。

キュウリを喰いつつ洗ったものをそのまま掴んでガブリとやるのもいいし、刻んで醤油を垂らし箸でつまむのもいいなどと、結局考えているのは堪能享受の選択だけだな。ゆっくりと時間をかけてあるいはさっさと喉に塊をつかえさせて朝食を咀嚼しつつくよくよ続ける世知辛いルーチンワークの中で腐っていくような種類こそ思考と呼べるような気がしてきた。