昼間できるだけ歩いて撮影し、夜には過ぎ去った記憶にも無いような光景を初めて眺める気持ちで手繰り寄せることを続けていると、日々の現在という今の、金太郎飴の切断面のようなシャープさがわなわなとして、時間の溶液で溶け出す。そして、そんな曖昧な暮夜けが現在なのだと慣れる。肉体の話で済めばそれはそれでいい。
タルコフスキーのポラドイドを捲り、ドゥルーズのシネマ2*時間とイメージを散漫に辿ってから、追悼の言葉が並んだような武満徹(1930~1996) 遠い呼び声の彼方へ(1992年発行)の最後に掲載されている「骨月ーあるいは a honney moonー妻へ」で、聖瑆に発光する澱みが繰り返し寄せてくるので、足首を溶液に浸して佇んだ。
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永遠に横たわるもの、それは死せるにあらず
未知なる時の流れをもってせば死を超越せりー「ネクロノミコン」アブドル・アルハズレット
(中略)
あなたは見過ごしたかもしれないが、新聞のコラムが、中国の山東省諸城県で発見された恐竜の化石のことを報じていた。ただこの「中國通信」は、一夜のうちに姿を消した漢代の遺跡のことはなにも報じていない。
最近、わたしはこの事件に関してかなり詳しく記された「人民中國」を手に入れて読むことができた。それには、奇跡的に生存した遺跡調査団の手記と併せて、古生物学者の学術的見解等が載せられている。
鴨嘴恐竜については説明するまでもないが、中生代に栄えた爬虫類の一種で、白亜紀末に絶滅したといわれている。水生または両生で、嘴のほかに火喰鳥式の冠が発達していた。後脚の肢間に蹼を張り前肢の爪は強く鋭かった。この化石が、漢代の遺跡からきわめて浅い地層にあらわれたことについて、古生物学者は、ここでも例によって、地殻の変動がその原因であろう、としている。「人民中國」の記事のなかで私の興味を惹いたのは、ソヴィエトの学者によってなされたつぎのような報告である。
「ーこのTrachodonの化石は、これまでに発見されたこの類のものとしては最大のものである。しかも感謝すべきことには、上下顎角および頭蓋の構造、蝶形骨の翼部の微細な点にまで、なんらの損壊もみられないということである。さらに、学術的な新たな問題を示すであろうと思われるいくつかの重要な発見がなされた。それは、おそらく、この恐竜が咥えていたであろうと推測されるモクレン樹の化石が、中国種のChinensisではなく、アメリカ・モクレンの祖先として知られるヨーロッパProcacini種と酷似した特徴をそなえていたことである。また、恐竜の右前肢の橈骨が、石灰質とは異なって、ある種の合金ーああ、私は自分のこの考えがいかにも恐ろしくてならないのだが、その見解をためらわずに述べるならば、それは、プラトンの「クリティアス」に伝えられる、あの謎の金属オリハルコンではないかーによって接がれたものであるらしい痕跡が認められるのである。そこには金属にしか起こりようもない酸化によるかなりの腐食がみられ、不思議なことに、その骨は月のように皓くみえたのであった。ー」
以下、空想的なアトラントロジーが書き続けられている。
ソヴィエト学者が報告している「人民中國」の記事に興味をおぼえたのは、アトランチス伝説にまつわる謎の金属オリハルコンにことではない。その真偽はともかくも、いずれそれは確かめようもない事柄であるだろう。それよりも、私の注意をひいたのは、実は、そこに書かれていた「骨頭好像是潔白的月亮ー骨ハ月ノヨウニシロクミエター」という一行であったのだ。
(以下、狂死した伯母の回想へ続く)
ー骨月 / 遠い呼び声の彼方へ / 武満徹より抜粋
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