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ひととおりの皿洗いをすませて、ついでに流しの汚れを落として水をぬぐい、排水口の細かい生ゴミを捨てた。残りものは冷蔵庫に入れ、ゴミ袋の口をしばって、来たときに外でみかけた大きなゴミバケツへ放り込んでから、戸締まりを確かめた。それからキッチンに座って、シチューなべの具合を見た。さっき洗いながら、柄がぐらついていると思ったのだ。ドライバーが欲しいとことだが、その引き出しにもなさそうだから、ステーキナイフの先端で間に合わせた。
それだけの用をすませ、アカーシュの部屋をのぞいたら、母子ともに寝入っていた。しばらく立ち去りがたくなった。このごろ娘が変わったようだ。こうまで死んだ妻に似てくると、まともに見ているのがつらい。ここへ着いて、アカーシュと芝生に立っている娘を見たとたんに、あっと思って息が止まりそうになった。それなりに老けてきたから、なおさら妻にそっくりだ。耳のあたりに白いものが交じった髪を、ゴムのバンドで軽く結んでいるところまで似ている。顔立ちもそうだ。いなくなったら何度も目に浮かぶようになった。目の輪郭や色、笑ったときの左頬のえくぼー。
時差で眠いはずなのに、なかなか寝つけなかった。モーターボートが湖に出ているようで、その音が聞こえたり聞こえなくなったりするのが気になる。ベッドに起き上がり、飛行機の座席ポケットから持ってきた「USニュース&ワールドレポート」を、なんとなく拾い読みしていった。ベッドサイドテーブルにシアトルの観光案内があったので、それも読んでみた。わざわざ置いてくれた本だろうか。写真のページが多い。新築の図書館、コーヒーショップ、氷上にならんだ鮭ー。平均の年間降水量というのも書いてあった。まず雪は降らない土地らしい。地図をながめて、意外に太平洋から離れているものだと思った。途中に山脈があるのを忘れていた。
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