膝が隠れる丈の長いコートを垂直に着た女性に向かって、
「隣にはヴァチカンの像があって、首を左右に振りながら素早く近づくんだ」
と説明しながら、自ら率先して歩み、立像に駆け寄ると、ラオコーンが唸るようにほんの数秒悶え、ピエタのマリアが左手で涙を拭った。
コートの形を崩さずに立つ女性は、
「何も起きないわ。これは本物を見てつくったものかしら」
まるでジャコモ・マンズーの枢機卿像だとコートの女性をみつめ、唇を開く事無く聞こえる女の囁きを、愛の告白と勘違いしようと考えていた。
随分何年も会っていない知り合いの男達が次々に現れ、瞳のフォーカスをこちらの立ち位置の背後50センチほどに必ず合わせたような、こちらの同伴者に同意を求める視線で、
「それは逆だろ」
と言うのだった。その度に私は振り返り、
「今日は一人なんだが」
と説明するのだが、こちらの声は届かないようだった。
複雑に入り組んだ中庭のブースに点在する彼らは、そのずれた視線で、既に失効している情報を、
「それは逆だろ」
という言葉の後に続けて、それぞれがあまりに得意そうに語るので、おかしくなり私も必ず吹き出すと、
はじめてこちらの存在を認めるような笑みが、彼らの口元に弱く小さく広がるのだった。
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