距離の

 自らを決して卑下しない都度の率直(そっちょく)に従う魂は美しい。

 見えることを指先に顕すトレーニングを教えていただくことになり、得心する事ごとが夥しい。加えてこんな壊れと亀裂と堕落を含み持つ自身でも、肉体の単なる有り様というレベルを提示できることに気づいて震えるようだった。

 見ていたことを見えることに変換するかの、写真撮影から現像というプロセスで育まれたものは、歩行でもあり執着でもあり検証への意欲でもあり相対の彼方でもあったが、決定的に足りないものは、あるがままを放り出すという勇気のようなものだった。

 そこに一切の懐疑が失せているのも、サジェストする人の魂に理由がある。