旭山と呼んでいた。西の定規のような山頂に雲がひっかかって沈んでいく陽を上手にブラインドして、上空の青と逆光に輪郭を反射する街並が、奥行きのない平面的なコントラストをつくって物悲しい。雨はやんだ。道路や家々の隙間にある普段は埃で鈍い少しばかりの植物が新鮮な色をその平面のアクセントになっていた。空気中の塵が落ちたから振り向く東は遠くまで澄み切って、視力のいいぼくには、つらいような位全てくっきりみえる。
午後2時まで眠りこけていた。朝、ピッチのあがった酒で、番組の始まる前の、ブラウン管の電磁嵐というのか、瞼の裏柄をみつめるように眺めて、パターンが画面に出て、健やかな番組が始める頃には泥酔していた。
午後4時に二日酔いの身体を引きずって起き上がり、独りで蕎麦を5分茹でて、腹に流しこんだ。家族の気配が無いことに気付いたのは、気楽な独りの暮らしではなかったなと、妻と娘が買い物から帰った5時だった。
建設中だった三井ガーデンホテルが、いつのまにか出来上がっている。7月11日オープンという垂れ幕がかかって、そういえば景色が変わった。ワシントンホテルよりかなり高い。この町の行く末を考える。ビルの裏側や、安っぽい看板やネオンに、都度乗り切るだけの、理念のない蒙昧な足どりが伺える。観光客のような無責任な眺めはいつになっても消えない。
旭山の山頂の雲が消え30分ほど過ぎただろうか、弱く輝きだした街は、だがしたたかな艶っぽさを滲ませはじめた。
ベルリンの図書館で自分の指先を眺めて、確かに黄色いなと思った。唇からでる自分の吐息が、まるで恋いこがれている人のもののような倒錯を含んだ。
解体と逸脱。分裂と逃走を企てるわけもないが、そのように流れたぼくらは、厚い霧の前で思想を手のひらに乗せて、そのわけのわからないもやもやを眺めている。1950年代後半に出生した世代の、なんともやりきれない空漠感は、時にセンチメタルな充実を齎す。平穏であることの憤懣が充足に変わると、顔つきがまるで悪魔のような相を現わす。
そんな風に斜に思う晴れた夜中などに素晴らしく猥褻で背徳的なアダルトビデオを観たくなりレンタルするのだが、萎えるのもはやくて、結局画用紙に鉛筆で線の束を引いて過ごしている。強烈な、獰猛な興奮を、手のひらに乗せる夜となる。
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