ドミノ

 サリンジャー、柳田国男、柄谷行人など列挙して、柄谷風の記述文体で、好ましく捲ることができる「掠れうる星たちの実験」乗代雄介 (1986~)を湯槽で辿りつつ、頁から目を離し窓の外を見やる度に、ある種発作的に床に寝かせた画布にドミノ碑を直に並べてはじめたものの顛末(終わらせたいわけではないけれども)、行方を巡らせては、画布の只管イリュージョナルな平面性の清潔さを、あるいは版画作品や、素描集を捲って、確かめるような手付きが加わった表層へと関わってゆきながら、実は唐突でもなかった筈の「発作」の理由を探す意味があると独りごちて、オイルで伸ばされた平面の上に、再び初動と同じドミノ牌の併置を行う。
 そもそもドミノ牌を手にして厭きもせずにいるのは、その小さな利便性と、指先と目元の視界距離にフィットする見事な寸法の整い(凡そ50mmx25mmx10mm弱)が、この怠惰な身と精神に符合して、集積から形成される立体物の反復が導く展開の観測(撮影)が、行為とみつめることの充足を齎したからだった。この契機は、生活の吐息に似た悪戯のレヴェルであるが、私にとっては、思索の軸となって久しい。工作による集積態を投影する平面を経て、ドミノ単体の散乱をと思った途端、直に並べる無法しかできなかったのは、むしろ直情的な自身の不足を踏まえた等身大の行為であり、老体にしては青臭い事象とも眺められるが、せいぜい今の私はこうであると示してそこに偽りは無い。
 さて、床に並べると、地域歴史博物館にある、この辺り一帯のジオラマが浮かび、デスクの脇に置かれ時折並びを変えている1cmに充たない羊の模型を添えて並べたくなる。
「並べたきゃぁやればいいぜ。愉しくいこうぜ」