110421

ーー たとえばひとつには、異常なまでに静謐な線の引きかたである。私たちにとっては、地図に引く線の引きかたは問題ではないだろう。またひとつには、「I WENT」によって見る者にもたらされる、見えない歩行者の姿である。さらには、旅の次元から離れ、別の次元ー不特定多数の他者に見せる作品の次元へ、それを運ぼうとする行為そのものの姿である。またしても亡霊の方法があらわれている。
 「I WENT」を見る者は、一体、河原温という作家はどのような気持ちで、こんなにも特性のない線を引いたのか、と不気味な感じさえ抱かされる。ところが、子規による「秋田」の線もまた特性のないもので、一体、この旅人はどのような気持ちでこの線を引いたのか、と訝しい思いをも抱かせる。けれども、子規の地図の場合は、憧れの旅へ立つ前の、静粛な不安と抑制したときめきというものではないか、と考えて済ますことができる。というのも、それは彼ひとりにとってだけの未来へと引かれている線だからである。
(中略)
 過去形の「I WENT」が一筆書きであるのに対して、未来形である<秋田>は複数のストロークをもっている。こうも行ける、ああも行ける。この分岐点に来たら、どちらを選択するかを判断しなければーそんなふうにして、決定と未決定のあいだに地図がひろがっている。<秋田>において子規はいわば、道のではなく、地図の支配力を経験しているのだ。
 だが、このとき、じつは「I WENT」と「秋田」とはとても近づくのである。道筋を示しながらもそれが未決定のままきれいに保存される子規の地図、しかも旅に携行されながら通常のように旅の中に消尽されてしまうことのない子規の地図。それは日付を欠いた「I WENT」であり、未来形に書き換えられた「I WENT」ではないだろうか。ーー

 地図の上の朱線 / 遊歩のグラフィスム / 平出隆 / 2007より抜粋
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