昼下がりから夕方にかけて2時間ほどは眠っているようだが、気温の下がる夜から朝にかけて眠れない。堕落を誘って酒を呷って瞼を閉じても、眠りに落ちない。朝から外に出る仕事が続いたせいと簡単に考えていた。眠りを漁っていたような時期があったと憶い起こすと、熟睡には必ず身体の極端な疲労があった。疲労が無いので睡眠も必要ないということも可笑しな話だが、その笑いに乗ってこちらには疲労が無いのかと身体を振り返るとそうでもない。眼精やら脊髄から首にかけて若干腫れたような嫌な感触もある。食事も健やかに絶えず旨いというわけにもいかない。
歪みのでた「こちら」を辛うじて落ち着かせ、忘却を促し、リセットのエネルギーを呼び込んでくれるのは、先天的なふてぶてしさと、どうやら他者の魂の享受にあると考えが行き着いた。この享受も、青年の頃の批判的でしかなかった排他的なものと違って、最近は肯くばかりであるのが、壊れた「こちら」には、頗るよろしいようだ。