NHKの「独立時計士たちの宇宙」という番組に惹き込まれた。番組も非常に良く構成されていた。
バーゼル・フェアーというフェスのために機械式時計を構想と構築する人間の、日々の生活に、教わるものが多かった。トウール・ビヨンというアブラーン・ドウ・ブルゲ(1775)の発想した、天体の自転・公転の体系からの重力の束縛を解放させるメソッドには興奮もした。番組に出演している時計士たちは、「時間」の成熟を生きていた。
やはり思った通り、複雑さにたいする解決が、忍耐という意味で必要。
随分軌道修正もあり。
一分間に一回ゲージを回す誤差を自ら回転することで平均化させる直径10mmに満たないトウール ビヨンの構築に独立時計士のアントワーヌ・ブレジュースが1日を集中して費やし、シースルーのオーパスツーを完成させた。2052個のダイヤモンドをその中に装飾したスターダスト・オーパスツーの価格は5千万。パティック・フィリック社の作品は4個で11億円。ビックベンの鐘の音で時刻を知らせる。だが、番組の方向も、こちらの気持ちも、もうひとりの独立時計士フィリップ・デュフォーのシンプリシティーに注がれた。後のメンテナンスを考慮し構造は基本のまま50個以上の精緻な金属部品をすべて磨き込む気の遠くなる仕事の中で、デュフォーは、「これは新しい生命の誕生であり、持ち主と共にしか生きられない。存在には意味がある」と語る。外と中を結ぶリューズを差し込み、完成したシンプリシティーを眺めながらパイプを銜える彼の横顔は忘れることができない。とても静かだ。とても静かな生活だ。複雑精緻な仕事がクオーツの脅威を払拭して、時計王国は哲学を伴って蘇生している。こうした文脈のある成熟をみると、現在の私に何が足りないのかはっきりとするのだった。スイス国内に12校ある4年制の時計学校では、卒業までにひとつの機械式時計を完成させるという。時計士の系譜だと語る学生ジュリアンの若い眼差しには、デュフォーの瞳に似た誇り高い静けさがあった。