parallelism

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 日々の梼昧な採集地味た散策は、散漫に半世紀に渡って行ってきた。これは私の好奇心の性情であり、多くは放棄に結ばれ記憶からも喪失する類の精神ではある。このところ考える「並置」「並列」が、記憶から消えることのない放置物への関わり(制作)による、ゼロ(無垢)からの所作決定無効な身体性において、ある種諦念する意識自体に、自らも外部と内部が並置されている感覚がある。
 制作の過程において、段階的な局面を辿る訳だが、その過程が脈絡なく断絶しており、異なった表象が並置されており、その眺めがようやく腑に落ちる。
 こうした日々の混濁を記録する媒体としてSNSなど使ってきたが、並列が際立つ日記的なデータベースを拵えてみようと始めのは、日課のような反復で制作を行う者ではないので、そもそもどのような過ごし方をしているかが、かなり明瞭になる気がしている。

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