<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="0.92">
<channel>
	<title>outskirts of ideaoutskirts of idea | outskirts of idea</title>
	<link>http://edanookutoki.com/outskirts_of_idea</link>
	<description>machida tetsuya memo</description>
	<lastBuildDate>Fri, 18 May 2012 03:22:56 +0000</lastBuildDate>
	<docs>http://backend.userland.com/rss092</docs>
	<language>en</language>
	<!-- generator="WordPress/3.1" -->

	<item>
		<title>声陰淵</title>
		<description><![CDATA[梅田版画工房主催梅田氏取材及び企画ミーティング後、亀屋にて念願のつけ麺食し成程これは素晴らしい。以前より高速や新幹線より眺めて気になっていた千曲市森将軍塚古墳に寄り県立歴史館および古墳館を見学し修復再現した巨大古墳をボランティア解説の方と巡る。 オズ君の作品展が開催されているFLAT FILEにて69イベントの「日和」取材（モリヤ君との対談形式）をカトウにしてもらってからRoger/ロジェに行くがお休みにて近所のナノグラフィカに初めて入りお茶。長女とひとつしか違わない若いクリエイターの内山温那女史を紹介され、ハルボウと同じ名前ねと作品をみせていただき、ブランチングの寄稿も快諾を受ける。刷師梅田氏をトポス作家として招致する決定などを加えてさまざまに一気に動き始めているので明日は終日調整と仕事の日と決める。 最近気が向くときに使い勝手がよいPCM-D50で採録したデータに耳を澄ませると人の声の力というものに気づかされる。動画で光景の標準として配置されている音響とは異なり音声だけの知覚が醸す空間は果てがないように広がるものだと。採録はその録音時に耳を澄ましているわけではなく1ビットデータに向かうときに展かれるので、まあこれも写真レンズと同じ遅延検証という現実感の揺り戻しというわけだ。こちらにとっては植物のような効果がある。 梅田氏が取り組み始めた木版の潔さの声明と受け取った北斎漫画を¥500で購入しモリヤ君に額装依頼。彫師も性に合うという梅田氏の繊細に任せる作品のデータをつくることにした。]]></description>
		<link>http://edanookutoki.com/outskirts_of_idea/?p=2554</link>
			</item>
	<item>
		<title>青墓酒</title>
		<description><![CDATA[叔父の一周忌法要と父親の四十九日が遠方の叔父たちの都合も考慮して週末を使って連日行う。 あれこれが片付いた安堵のようなものがまずあり母親の用事で市役所や銀行を経巡り終えて戻ると月曜日が半日終了している。昨日の四十九日法要を終えてから業務を絡めた開発会議を夕方から時間は短かったが行って自らのスケジュールを戒めるように夜は早く寝てしまった。気を緩めると散乱が拡散し広がり始末に負えなくなるので整理ある散乱併置をとこれも続けて戒め業務も家事も同じような等価併置として扱う姿勢には慣れてきたが、悉に見切りをつける句読点のような節を軽快に過ごしていかねばいけない時節であって簡単ではないけれども経験の反射も利用して独我の偏執を都度風呂で洗い流すようあっさりすっきり身支度を整える手法も使う。]]></description>
		<link>http://edanookutoki.com/outskirts_of_idea/?p=2550</link>
			</item>
	<item>
		<title>時枝立</title>
		<description><![CDATA[香りがよいですとモリヤ君がラフロイグ クオーターカスク（スコッチ）を持参してくれて呷りつつ夜半から深夜まで戦略会議をおこない多々少々詰める。 短い春の月に沿うようなスケジュールに慌てつつ楽しみながら行おうと決めて、二時間程カウチで横になったが早朝から目が覚めてラップトップを開いていた。関与する全てがそれぞれの立場で成熟するシステムとしてトポスショップをFLAT FILEリニューアルに併設し伴うリニューアルオープンのイベントとしてトポスーカルテ企画展と、空蝉からブランチング（分枝）へ命名変更したテキストの集積メディアを開発進行させる。寄稿を立場を選ばずにこちらとしてはむしろさまざまをサポートする「縁の下の力持ち」の方々に自由に参加していただく方向で歩きはじめることにした。（走りはじめるのではない） こちらも含めて生活する営みとして成立する試みとしてアプリオリなフォーマットを逸脱する迷走ならぬ迷歩を、多様な進行の枝の隙間にて反復することで、複雑ではあるが新しい「謂れ」が生まれる筈とみている。個的な欲望としての利害を利他へ変換するこの試みは共生の「掟（謂れ）」とならねばつまらないし、計画の機能は循環反復して蓄積される知によって生まれ来る次世代の子供たちを育む実利的構造と共有されることが前提となる。 テラを超える動画編集も抱えており暫く短いこの季節を丁寧に歩まねばなるまい。 La Chambre Claire / Quentin Sirjacq / CD wonders / oliveray (Nils Frahm + Peter Broderick) / CD Lifenotes / Clem Leek / CD 蜩の声 / 古井由吉 / BOOK しあわせだったころしたように / 佐々木中 /BOOK 九夏前夜 / 佐々木中 / BOOK]]></description>
		<link>http://edanookutoki.com/outskirts_of_idea/?p=2541</link>
			</item>
	<item>
		<title>指父時</title>
		<description><![CDATA[亡父遺作展会場受付番のお供に現代詩手帳「吉本隆明追悼特集」、文藝「古井由吉連続インタビュー＋14人の作家が選ぶ偏愛的他薦作品」、新潮「窓の内 / 古井由吉新連作」。午前に記録撮影。 この時にこの現代詩手帳を読めば「今」がよく判る必読の書といえるけれども、海外からの寄稿がないのが奇異にみえる。付録のCD「孤立の技法」はとてもよい。文藝の古井特集は何か大袈裟で、今更慌ててという妙な感触はある。堀江敏幸のインタビューは好ましいが体質が似ている分インタビュー特有のひび割れが無くちと弱い。 遺作展に多くの方が足を運んでくださり恐縮しきり。展示も義弟家族と納、非常に懐かしかった十数年ぶりに会う北田稔さんも展示手伝いに駆けつけていただき、照明から体裁すべてがなんともどうしようもないギャラリー空間を辛うじて成立させることができた。150ほど持ち込んだ作品を35に絞り込んで余白の広がる歩みを促すカタチにしたのがよかった。けれどもこちらの恣意の空間ではないので細かいことは家族の希望に任せた。 flat fileのモリヤ君にお願いした額装は評判が大変よろしいので、今後こうした書のフレームとして売り出すべきと感じつつ短い期間で制作してくれたことを感謝する。 交代で昼飯に家族を送り出し客足のひけた会場をひとり歩くと、父親の指の動きが作品の上で時に繊細に時に笑い声を伴って微動するのだった。]]></description>
		<link>http://edanookutoki.com/outskirts_of_idea/?p=2531</link>
			</item>
	<item>
		<title>名及器</title>
		<description><![CDATA[photo by Hanayumi Ishizuka 崩壊と生成を同時に受け止めることができる希有な感性をさらりと手品のように具現化した石塚花弓氏の一輪挿しが気になり、メールにて売ってくれとお願いする。 尺の短い茶筒型の廃墟から拾ってきたような見事な素材感の陶器は日々みつめる机に置いて中には何を入れるか決めかねているけれども、作家が「イトトタネ」と命名した一輪差しは、それ自体の真っすぐに置くことができない種のカタチそのものがみつめることを促す。丁度母の日によいとふたつ注文。 父親の遺作展のために方々に散逸贈呈している作品を展覧会の時だけ借してくださいと頭をさげて車で回り、ついでに父親の車のタイヤの履き替え実家の庭の水まきホースのセッティングなどしてから戻り、午後はずっとHenning Schmiedt (1965~)のピアノを聴きながらリビングのシングルソファにて仕事。窓を開けているのでピアノの音に照応するように鳥が囀る。 一緒に届いたまだ若いNils Frahm (1982~)を暗くなってから聴く。24年前にKaiser Wilhelm Gedächtniskircheの前ですれ違った6才の子供だったかもしれない。そんな風な記憶を伴ったあの街の大気が部屋に蘇った。]]></description>
		<link>http://edanookutoki.com/outskirts_of_idea/?p=2522</link>
			</item>
	<item>
		<title>使季人</title>
		<description><![CDATA[朝比奈氏の個展最終日だと気づき慌てた風に駆け込みおやっと無地の磁器を購入。 絵付け手法も切り詰められておりさてはこの冬を同じ環境で過ごしたせいかと勝手に妄想する。コントラストの強い鑑賞用ともいえる絵皿に配置する料理を考えると困ってしまうほうだから引っ越しの際にそろえたものは皆白い無地の食器であったが、絵皿が気に入らないというわけではない。結婚する前に妻の勤めていた開発室から皿のデザインを依頼されたことがあり、当時まだ二十代の頃やはり私もウサギをモチーフにしていたことを憶いだした。 大池をすぎた辺りの下り坂で横から飛び出したハクビシンに急ブレーキを踏み込みあわやタイヤでつぶしたかと驚いたが、すばしこい獣は音速で逃げ去っておりほっとしていた。 作家の撓んだこんなになってしまったという具合の皿を助手席に置き帰り道のスーパーでこの皿に乗せる食材を選ぶのがこれまた嬉しい。幾度も繰り返されるだろう食事の度に朝比奈氏の指先がほんのり浮かぶという反復の静けさもまたよろしい。]]></description>
		<link>http://edanookutoki.com/outskirts_of_idea/?p=2515</link>
			</item>
	<item>
		<title>風集臍</title>
		<description><![CDATA[窓の外がほんの数時間で急激に変化し雪はこうもあっさり融けるのだと知る。 想像力というものが捏造ではない証拠としてジョイス、プルーストから最近はマッカーシーの描写報告記録風を好むのは、小松和彦が異人殺しで些か柔らかいけれども展開したようにこの国の共同体で捏造を繰り返された閉鎖的な自己完結の仕組みが至るところで現在も雛形標準として扱われる違和感が拭えなかったからであったが、実は生存の環境を変えてしまえば簡単に罠からは逃げられると身を動かして判るものだ。 悪しきものを切断削除嫌悪して忘却の淵に投げ入れてしまおうというのではなく、むしろ温存していれば臍のあたりに風が渦を巻いて時々集まりなるほどという気づきが構築される成熟を楽しみたいわけであり、やはりまたその悦楽持続を耐久するべき軀の健全保持の為走りの他にプールかなと。]]></description>
		<link>http://edanookutoki.com/outskirts_of_idea/?p=2509</link>
			</item>
	<item>
		<title>斧蟹酒</title>
		<description><![CDATA[林檎の樹をチェーンソーで切り倒しストーブの薪作りをしていましたと移住準備を夫婦で楽しむモリヤ夫妻が訪れ、丁度栃木足利から戻ったオサメが香雲堂本店の古印最中を土産を持参していたので皆で窓を開けた午後の珈琲を飲む。 斧で薪割りをするけれどもなかなかあれはむつかしいと玄関に置いたこちらの斧をながめるモリヤ君の話を聞き、小学生までは毎晩父親の薪割りで風呂を沸かしていたことを憶いだしこの氷河期灯油は時代遅れだよなと北欧ストーブを予約注文したというモリヤ飯綱宅の次の冬の準備にこちらもうなづいて促される。ホッカの働きはじめた（らしい）ピッツアの店、薪窯焼PIZZA屋TIKU－の走りはじめの繁盛の様子をモリヤ夫妻にから教えられ、旨いらしいので食べにいこうかなどと雑談しきり。水曜日にトートバッグ展の記録撮影に伺う約束して凛々しい若い夫婦の車を見送る。 午前からの仕事の後のお茶だったので、仕事に復帰するよりもこれから一緒に夕飯をどうかとオサメと連れ立って牟礼まで車で下りる途中里に見事な虹が現れ横断歩道で頭を下げる下校の子供たちにあれみえるかと指さす。スーパーでバーレーン産のワタリガニをこれ喰ってみようと購入。￥298と激安。妙高山と少々饒舌な名の生酒も買い車のガソリンを満タンにして戻り、次回トポス展の打ち合わせを兼ねた夕飯の準備をはじめた。]]></description>
		<link>http://edanookutoki.com/outskirts_of_idea/?p=2498</link>
			</item>
	<item>
		<title>池声春</title>
		<description><![CDATA[朝方の複雑な夢の中で思いがけない事ごとがあっさりヘビーに展開して目覚めた時は少々はらはらしたものだったが、窓の外の明るさがなーんちゃってという感じに晴れ上がって膨れた剣呑をこれもまたあっさり溶かした。 午前中に洗濯やら掃除やら家事をしていると母親から降りてきなさいと電話がありこちらも下に用事があったのでふたつ返事で車に乗り込んだ。横浜での姪の入学式に付き添って出向いた話を聞きながら煮物を昼飯に喰ってから葉書の宛名をどうしてもプリンターで印字したいという衒いを黙って引き受けて作業したのはこちらも郵便局に用事があったからだった。週に一度洗車するほどの立場でないと思うより街は陽気のせいか休日のせいか、どこも酷く混雑しており、スタンドのセルフ洗車に車が列をつくっている。スーパーや道の音響も360度奇妙奇天烈な音場が幾層にも重なりまともに耳を澄ませるとこれは狂うぞ。 母親の庭いじりの腐葉土を80リットル買って車に積み、私も嵐で裂けたバイクシートを購入したが素材が薄くて失敗。水村美苗の読売連載「母の遺産―新聞小説」を横浜で妹に買ってもらった母親は贔屓の作家作品を独りの夜寂しさを紛らわして読むのが嬉しいともらした。読み終えたら貸すねと言われる。ちらっと捲るとなるほど新聞連載を大いに意識した断章のつづれ織りとなっている模様。 下りの大池で停車し池の端を歩くと向こう岸から子供たちの歓声が小さく時々風に消されるように届くので目を凝らすと、高原センターの催しか知らないが、建物から池に向かって下るまだ雪の残る斜面を小さなさまざまな色彩の子供粒が多分橇にのって飛び跳ねて遊んでいるのがみえる。間伐の隙間から東側に別の池があったのかと初めて知り、道を探すが車で入る道はなかったのが嬉しい。樹影を残雪に長く伸ばす高原の小さな谷や丘を車窓に感じつつこの光景のために聴く音というのはあるなとハンドルを握った。]]></description>
		<link>http://edanookutoki.com/outskirts_of_idea/?p=2487</link>
			</item>
	<item>
		<title>白音無</title>
		<description><![CDATA[風呂の中で背を伸ばし捲っていた本を置いて窓を開け冷たいが気持ちのよい風と湯気を遊ばせ樹々の隙間で唸る風の音に耳をすました。 野菜ばかり摂っていたので池の傍の店で冷凍の烏賊を買ってきてレンジで温め昨夜は遅くなってウイスキーをなめた。四月に入って嵐の日もあり毎朝雪が舞い気温は一ヶ月前と変わらないがやはり雲間からさす日差しは時節を示す力があるように感じられる。 考える事のできることはすべて考えてしまおうと意気込んで取り組んでいる開発はこれまでの蓄積がものをいうけれども、十年二十年という時間の耐久性を加えるところにきて少々凹む。 月曜日から金曜日までほとんど白い空間の無音環境で探索を続けたせいで何気ない週末のラジオが乾いた喉の形を内側から露にするように内耳から脳に染み渡って瑞々しい。明日はしっかりと外を歩くことにした。]]></description>
		<link>http://edanookutoki.com/outskirts_of_idea/?p=2482</link>
			</item>
</channel>
</rss>

