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	<title>edamanoyami</title>
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	<description>枝間ノ闇</description>
	<lastBuildDate>Thu, 10 May 2012 05:15:43 +0000</lastBuildDate>
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		<title>ヒトガタの</title>
		<description><![CDATA[乾いた汚泥が脛から膝に残り皮膚か地熱かわからぬ闇の冷気との熱の差で朧な蒸気が揺らめき微動だにしない姿で顎を引きやや左下方を向いてしきりに呟いている人の姿がある。 「お前が老人の時には俺と同じような位置からお前の知りようの無いこれまでの降り積もった悉との離別の性分など忘れ再び繰り返されたであろうこの目を真似てやはり池に半身を浸けた若い者に向かい呟くのだよ」 ひどくゆっくりと子に諭すような柔らかさを醸すその声の響きは小さく細いものだったが風もないまだほの暗い早朝では虫の音よりも清明に渡った。ヒトガタのシルエットはまだ動かず襟元から新たな湯気が立ち上り汚れ破れた衣服の裂け目から赤い皮膚が濡れているのがわかる。やや離れ足下から見上げる角度からの姿では剥き出しの両足と肩がカタチを率先するが、空に上って背後の樹々から見下ろせば眼差しの示す下方に黒く横たわる水辺がありそこには半身を横に投げて折る少年の幼く白い顔があり、その稚拙な脆弱の軀には擁護を解かれた親を狩られて遺された無邪気と同じ唐突な世界へのきょとんとした無意味な放棄がみてとれそれが滑稽にもみえる。 「飯の残りを考えたことはあるか」 立つ人は老いているようであるが背筋が反り返りまだ壮健な力の漲りが関節に現れており姿勢を崩さずにやはり小さな呟きを続ける。 「個人的なことなのだがこの声が聴こえてしまうことは仕方がない。お前は日が昇る明るさと共に立ち上がってあの憶えのある路を下り最初に出会う女に連れられて世界に住まうがこのまだ暗い早朝のことは忘れてしまうだろう」 ヒトガタの背後の林は燃え落ちたような霧をまだ蓄えこのまま燻り続けるのか凍り付くのかわからない。ヒトガタは動かずまだ呟きを続けたが、徐々に明るくなる湖面に切り取られた白い顔はゆっくりと頬のあたりを桃色に変えていく。この時（あるいはもっと前から幾度か）みつめる瞳はこの幼い白いものの中にあり、先ほどの立って見下ろす人の声をかの人間の魂のまま反復しそうになる。これは呟かれた反復の示す兆しがすでに時間を捲り立ち上がって路を下り生きのびた挙げ句が既に最初に萌芽しているのだともいえる。 同時にまた動かない湯気の軀の中に墨汁が半身を染めた羞恥と無防備な諦めをともなって灯る言葉もあり、ここには存在をみせない三人目の言葉がふたり立ち去ってから拭くだろう風のカタチとなって割れた詩文のように半透明に吹き流れ出してさえいる。灰色に乾いた脛の汚泥を拭う女の手も潜みしぼった布には池の水が滴り破れの中の太ももにまで拭い上げる手付きには別の吐息も聴こえはじめた。 併し孕みながらも光景としてはひとつの呟くヒトガタが池に沈んだ幼気を見下ろして立ち、まだ朝は来ない静止画のまま時間が停止したかのようにだが続くのだ。]]></description>
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		<title>骸の窪み</title>
		<description><![CDATA[ひとりが肩に下げた無線機からノイズを漏らし白樺の脇に茂った笹を分けてから近づくのをふたりが窪みの中央で出迎えるように待った。 昨夜から早朝にかけて雪が降りあたりは薄く白い粉が敷かれていたが歩けば黒い地が簡単にあらわれた。 耕造が深く吸い込んだ煙草を指先で潰し消し足元に放り無線の電源を切ってから三郎を指差すと、三郎は立ち止まって同様に無線に手を添えた。 「あれが壮介の親父のか」 三郎が白い地面の下に弱く凹んだ足跡を顎で示しながら膝のあたりを両手で払い、背を伸ばしてから片手を拝むように立てて耕造に煙草をくれと唇の片方を曲げた。 「すぐに警察に電話すればよかったんだ」 憮然とした吐き捨てるような口調で壮介はふたりからやや離れて座り込み地面に盛り上がった白い雪の下に垣間見える赤い襦袢の端を手にした枝で持ち上げた。 北にやや上ったあたりの土砂崩れで流れ込む渓流が途切れ、別の流れが東へできたことで池が枯れ窪みとなったこの場所は、辿り来る道もなく地元の山菜採りをする住民も迷い出るには奥深い。坂本壮介の父親は村役場にその後の池の様子を見てきてくれと頼まれて来た昨日、湖底だった場所に着物姿の女の遺体をみつけた。近寄るのは気味悪く走り戻って囲炉裏に座り猟銃の手入れをしてい息子の壮介に話し、時折共に猟をする三郎と耕造にも連絡して一緒に行ってこいと半ば命令口調で背を押した。 「薬でも飲んだかもしれねえな。聡子じゃねえよな。顔見てみろ」耕造は促したが、首を振って壮介は立ち上がり、「自分でみてみろや」と、骸から離れた。 「おめえ、犯行現場は触っちゃいけねえんだぞ」三郎は耕造に向かってつぶやいてから「腐ってたか」と壮介のほうに振り返って白く丸い息を投げた。 「雪が降ったから何もわからん。顔くらい見て戻らにゃ餓鬼の使いだぞ」耕造が近寄って片膝を立てて座り俯せの女の半分は地に埋まっている頭に顔を近寄せ、「当たり」と小さく漏らした。ほんとかおいと慌てた風に近寄って耕造の肩口に頭を並べた三郎と壮介は、ほんとかと繰り返した。 女は膝を外へ曲げ片手を胸にもうひとつは裏返したまま時計の針のように真直ぐな腕の先に拳を握りしめていた。開いたままの唇からなにか吐き出していたがそのほとんどが凍っている。片足には黄色いビーチサンダルがあり、曲げたほうは外れやや離れた場所にサンダルの形の凹凸が白い雪の下にあった。聡子は壮介の同級生の出戻りで精神を病み時折唄を口ずさみながら村の道を歩いていた。名の通り以前は賢い美人で壮介も高校の頃の祭りで唇を重ねたことがあったが、後で聞けば耕造は十代の終わりから二十歳過ぎまで長いこと付き合っていた。ふいに消えるようにして東京へ行ってしまった聡子は十五年ほどしてから舞い戻り、母親が聞いた噂では結婚したが破綻したという。 三郎が背中のリュックに手を入れてワンカップを取り出してふたりに差し出し渡してから、続けて線香を掴み出し束のまま火をつけ聡子の頭の横に立てて手を合わせた。 ワンカップの半分を呑んでから「自殺にみせかけた殺人だったりしてな。村の重鎮が狂った女を勾引してとか新聞の一面にのるぜ」三郎の言葉に壮介は「かもな」と重ねた。 「第一発見者が容疑者候補」表情の消えた耕造が壮介を眺めるようにして呟いた。 車を駐車してある県道から歩いて二時間ほどの場所だったから、既に昼を過ぎていた。空は曇ったままで再び雪の降りそうな気配もあった。]]></description>
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		<title>あんじ</title>
		<description><![CDATA[土間のたたきの縁に座って椀を持つ男は、地べたに唾をひとつ吐いて残りの蕎麦をかき込み、つゆが今日は薄いな。湯気の中の主に声を投げてから、狭い囲炉裏のある居間の鴨居に吊るされた祭羽織をみあげて、あんた今年は立つ番かい。独り言のように呟いた。 あんじは、湯気の中の主に睨まれて、蕎麦の椀を置き、細長い木の台の上の、客が残した椀を重ねて隅の桶に持っていき、指先で濯ぐように洗ってから腰にさげた手ぬぐいで水をきり、音をたてないように主の背中の敷居の上に重ねてからまた戻り、残りの蕎麦とつゆを音をたてて腹に入れた。 ひとり客が暖簾を分けて、おうと声をかけ、顎だけ少し動かした主は、あんじに向かってまた睨み、表のほうへ目玉を動かした。蕎麦終了と書かれた木の札を入り口にぶら下げたあんじは、通りの向こうの辻先から小さくきゃという声を聞いた。ぱたぱたと人の走る音がしてから数人の、近所の商いの人間があんじの横を走り去り、そのままいっとき静まってから、袴に黒い返り血を斜めに浴びて胸元から血糊を拭ったような手拭がはみ出た男がひとりゆっくり歩いて来る。あんじの前に来て、もう蕎麦はないのか。腹が減ったと、男は泣いたような赤い目をしてあんじを見るのだった。 店に背中からずるずると戻って振り返ると、さきほどの二人の客の姿はもうない。湯気の主は、逃げた客の一人分はあると仕草で伝え、湯気の中の蕎麦を掬い出した。あんじは、店の前で立ったままの男に、やや声を震わせてどうぞと声をかけた。 腰から鞘を抜いて脇に立てかけて土間の台に座った男は、主のつくった蕎麦の湯気を口を尖らせてふうと吹き、ゆっくり食べはじめた。割れた暖簾の向こうには数人の足が見え、遠巻きに男の様子を探っているらしかった。あんじは、最初は誰かを斬りつけたばかりの男の、血に濡れた姿に怯えたが、よくみればそれほどの大男でもない。着物も汚れた余所者と思った。 蕎麦はもうないかと男が声をだし、主が握り飯ならと皿に漬け物を添えて、あんじに男のところまでこれを運べとまた顎を突き出した。男が濁った色の握り飯を口に放り入れ、皿と一緒に置いた湯のみを左手で持ち、交互に口に運びはじめてから、あんじはそっと近寄り、もっと飲みますかと声をかけ、ああと湯のみを差し出した男の顎の下から喉の奥に向かって、竹箒の柄を突き刺した。]]></description>
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		<title>メロン</title>
		<description><![CDATA[オレは今後のために働くのが仕事だが、お前たちは、今を幸せに生きるのが仕事なんだよって、お父さんがよく言ってたわ。 ふたりで並んで洗った食器を拭きながら、母親の綾子は娘にいうでもなく手元を見つめたまま呟いた。 苦しんだのかしら。お父さん。 裕子も手元から顔を動かさずに、いつもと変わらない口調で母親に尋ねる。 どうかしら。わたしはわからない。でも、闘病生活が長かったわけでもないし、ふっと逝っちゃったんじゃない。じゃあねって感じで。 重ねた皿を食器棚に戻してから、あっと小さく口にしてから、母親は、忘れてたと小さく続けて、冷蔵庫から丸いガラス皿に切り分けたメロンを食卓に並べた。 これ忘れちゃいけないわ。 母親と娘は、すっきり片付いた食卓にふたつメロンのガラス皿を並べ、向かい合って座り小さなフォークでメロンを口に運んでから、美味しいね〜と互いに微笑んだ。 最近は陽が長くなったわね。まだ明るい。 裕子が頬を膨らませ顎を動かしながら窓の外に顔を向けると、綾子もそれに倣って窓を眺め、もう六月だからね。と応えた。 大学から帰宅する裕子と仕事から戻る綾子は、このところ同じ時刻に家に着く。幾度か駅からの道で後ろから母親が駆け足で追いかけることもある。朝早くに洗濯機のスイッチを入れて、空をみて祈るようにベランダに洗濯物を干すのは、どちらがやると決めているわけではなかったが、早く目覚めて気づいた方がそれをやり、洗濯物を干している後ろ姿を見るほうが朝食の支度をした。 三年になってからも、ずっと弁当を二人分こしらえて、時々恥ずかしがる母親と包みを変え、小さな子供に渡すような並べ方をした弁当を、昼には娘も母親も残さず奇麗に食べた。裕子が高校生の頃から変わっていない。 二年生の頃までは、友だちとの約束や部活などで遅くなり、一人分だけ食卓に用意されたラップのしてある夕食を、裕子はレンジで温め、テレビを点けて向こうの部屋で座り込んで洗濯物を畳んでいる母親の背中をみるでもなく、凹んだ腹に補給するような具合で夕食を済ましていたが、最近は、毎日の夕食を一緒にゆっくり向かい合って摂ることが、なんとなく安心できると感じるようになった。 これもうダメじゃない。と乾いた洗濯物をたたみながら、そうだと裕子は新聞の折り込み広告を取り出して、これってどう思う？下着や洋服の小さな写真を前屈みに指差して、母親も同じ格好となって頭を寄せて、いつまでもこちらのほうがいい。いいえ、こちら。と続けるのだった。]]></description>
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		<title>弟</title>
		<description><![CDATA[「電話でかあちゃんに家を出ろっていわれてさ」 小学生の時だぜと他人事のように眉を曲げて川本は両手の中の酒を暖めるように口から遠ざけたまま唐突に話はじめた。 　両親は昼間からすでに船に乗って逃げた後だった。本土の駅から電話したんだと思う。学校から帰った頃合いを見計らった。二階の押し入れの布団の間に封筒があるから、その中に入っている金を持って駅に行け。書いてある所迄弟を連れて来い。母親がきいきい早口で喋るので、五月蝿くて一度電話を切ってしまった。怒鳴られると反応するストレスがあの頃からあった。俺は悪い子供ではなかったが、聞き分けの良い子供でもなかった。電話はすぐにまた鳴った。 　両親は借金取りから夜逃げしたわけさ。子供を置いていったから昼逃げか。余程切迫してたんだろう。川本はフンと鼻を鳴らした。 　山岡が再びナイフで枝を削りはじめた。坂上も頷くでもなく、相槌をうつでもなく、火の粉が立ち昇る上の方へ顎を上げると、枝の隙間から銀河がパウダーのようにみえる。 　四つ下の弟は、入学したばかりだったから、言い聞かせてもランドセルを背負っていくといってきかなかった。電話口で、二度と言わないぞよく聞け。父親が、電話が鳴ってももう受話器を取るなと悪代官のように怒鳴った。ランドセルの中身を靴下とアノラックとかの着替えに入れ替えて、俺もリュックに今思えば笑ってしまうようなガラクタを目一杯詰め込んでいたから、駅迄乗るバス停に立った時は夜になっていた。あの時は夕飯はどうしたのかなあ。憶えていない。多分母親が何かつくっておいたのかもしれない。住宅地のアパートだったから、勤め帰りの近所の大人が、どうしたと声をかけてきたが、両親のきつい声が鮮明に残っていて、下を向いたまま黙っていた。次の日には噂がさあっと風のように広がった筈だ。 　カラっと氷を鼻の上で鳴らして、坂上はグラスを飲み干した。 　封筒の中に書かれた住所を駅員にでも見せたんだろう。これも詳しく憶い出せない。警察に通報されなかったのが、今思えば不思議だ。おそらくありのままを駅員に喋ったんだろう。親が待っているからとか。がらんと空いた夜の列車の車窓から、弟と暗い海を眺めていた。このまま誰もいない場所にいくしかないと考えるでもなく感じていた。離れた席から初老の女が近寄り、おとうさんとおかあさんはと尋ねながら、飴を一握り俺の手のひらの上に乗せた。黙ったまま受け取った。弟は笑いながら飴を口に入れて頰を膨らませた。俺は正しいのに、回りがどこか間違っているとこの時に思った。その感触は今でも続いている。はじまりはあの夜の列車だ。 　「嫁さんには話したのか」 　川本の言葉の途切れに一拍置いて、視線で酒を呑めと促しながら、山岡は手元のナイフの動きを止めて尋ねた。 　弟が遊びに来て、ワイフの手料理を喰いながら、そういえば兄ちゃんと話しはじめたが、奴の記憶では、どこにでもある旅行とどこにでもあった引越が一緒になった唐揚げみたいに健全に省略されていた。それをどうこう諭す意味もなかったから、奴もワイフも知らない。のこされた母親も触れたくないようだし、お前らが喋らない限り、なかったことにもなるな。まあ、フィクションでもいい。 　川本はここではじめてグラスを口に運んでアルコールの表面を舐めるようにしてから、視線を坂上のように銀河へ向けた。]]></description>
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		<title>炎</title>
		<description><![CDATA[「最近やたら眠気が早々と落ちる」 　独り言のように呟いて風呂に入ると立ち上がった川本はそのまま戻ってこない。山岡は、それを気にするでもなくこの時ばかりと時間をかけて削り尖らせた枝に肉の塊を差し込み、炙って焼き上がったところへチーズをのせ坂上に渡してから、手の甲に垂れた汁を妙に赤い舌で舐めとりグラスを呷った。 　炎の中で枝が小さくはじけた後、昼間は聴こえることのない、ここからは離れているはずのせせらぎの音が冷気を纏い落葉を震わせ弱く地面を這って来る。坂上は受け取った枝付き肉を持ったまま襟を立てた。十五年か。 「面皰面の中坊がいつの間にか、腕に血管を浮き上がらせて所帯を持っちまう時間だ」 　山岡は応じてから、空になったグラスに氷とウヰスキーをたっぷり注ぎ、指の先でかき回してから喉元に音をたてて大きく流し込み、お前弱くなったか。足元の枝を折りながら焚火の中に並べるように置いた。坂上は懐から自分のナイフを取り出して、脇のバケットを手の中で起用に刻み分け、溶けかかったチーズの絡んだ肉を挟むようにして枝から抜き取り口に運びゆっくり顎を動かして俺もウヰスキーにしようかな。山岡の瓶を指差し、切り分けたバケットを山岡へ放リ投げた。 　「この季節に落着くまで随分かかったな。夏は酷かった」 　「人様の庭だぜ。プライバシーの侵害だよ」 　「年々地味になるのに、回数は増えてるよな」 　「まあ、お前らの避難所のようなものだ」 　「牡蠣喰おうか」 　山岡は立ち上がって母屋のキチンへ歩いていく。坂上は、寝るなよと声をかけようとしたが、寝てもいいかと黙ったまま山岡の足もとを見送った。しゃりしゃりと落ち葉を踏みゆく音が、アルコールで溶けた脳みそに細かい氷を注ぐように染みて心地いい。山岡の座っていた脇の瓶に手を伸ばし、グラスを炎に翳して酒を注ぎ、氷を持ってこいと今度は声に出してみたが、やつに聴こえない小さな声だった。 　焚火をやろうと集まった人間は八人いた。中には女性も含まれ皆が未婚だったので、最初は女を囲んだ恋愛ゲーム地味たハシャギを引きずる青い下世話さもあり、どこにでもある同好会のようなものだったが、それぞれは大学の同窓というわけではなく、仕事をはじめてから石を投げて偶然当てた程度に知り合った者同士だった。そもそものはじまりを酒の肴にすることが幾度かあったけれども、皆が違うことを言い張って、最後は違ってよろしい。皆がどういうわけかむしろはじまりを喪失したがった。近郊や近県のキャンプ場に現地集合する場当たり的なシーズンを幾度か過ごしてから、仕事の都合や所帯を持つ人間もいて、三年目には三人がいなくなり、六年目に一人が病いで逝ってから、残りの四人の、消えた人間を弔うような集いとなりそれが二年続いた。次の年には一人が随分遠い西へ転勤となり、丁度重なった坂上の引越によって、焚火の会も、この時から坂上のコテージの庭で行われるようになった。川本は十年目に所帯を持ったが、先の離脱組のように、すぐに子どもが生まれるようなことはなかったからか、声をかければいくよと車を走らせて来るが、新妻が同行したのは最初の年だけで、以降すっかり青年臭さは消えて大人しくなった。山岡は所帯を持つとああなると揶揄した。離脱組や西からの便りは細々と坂上に届くので、転送などせずに焚火の前でそれを坂上は読んだ。 　坂上はここに越してきてから昼間の落葉焼きを除き、独りで陽が暮れてから焚火をすることなどなかった。連中から連絡があるまで、毎年続けているこうした集いすら忘れていることもある。越したばかりは、こりゃあ抜群だと、ふたりに背を叩かれて喜ばれ、その年は、断っても構わず車を飛ばして来るので、追い返すわけにもいかず、三人で幾度か月に一度の頻度で焚火を囲み、やはり十月だと、ようやく会のシーズンが決めたのだった。 　「こいつベッドの上で瞼を開けてたぜ」 　皿の上に牡蠣を並べた山岡の後ろに、喰うなら出てこいっていわれちまった。と檸檬を握った手を揚げ、目許に赤い照り返しを受けた川本が落葉を踏んで炎に歩み寄った。]]></description>
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		<title>噂</title>
		<description><![CDATA[「あんた、なんでそんなにがんばるの」 　古い友人が最初に焼き鳥屋でそういったなと、篠田は憶いだした。相手は遣繰りの為、ニ年前に金を借りた遠い親戚の女性だったが、同じような口調で、 「ちょっとは自分を大事にしないさいな」 　告げるようにして、向こうから電話を切った。 　借りていた金をようやく全額完済した旨を報告する連絡を、出向くには仕事があって無理だから電話で済まして申し訳ないと、最初はこちらから一気に喋っていた。返済すれば何の不平等もない筈だが、借り手と貸し手というのは、その出会いによって力関係が決定し、それは以後変わらないと、相手の声の中考えるでもなく思っていた。 　母親の妹の夫の兄にあたる人が亡くなり、その妻に、秋おそく土産も持たず結構な金額を、貸していただけないかといきなり玄関で頭を下げ、そのまま家にもあがらずに、助かります。女性の足下に広げた借用書に息を吹きかけ印を押し、はじめて訪れた地方都市の駅から最終に飛び乗ったが、結局乗り継ぎの東京のビジネスホテルに身を投げて、胸から取り出した小さな手帳に借り受けた金額を記入して、ビールを飲みすとんと眠っていた。電話から手を離さずにそこまで妙にくっきりと浮かべてから、仕事の残りへと戻った。 　方々へ相談して、店の状態をつくりかえると息巻いて、数の計算も繰り返し、よしと小さく言葉に出してから、目立たぬように汗を流し続けた。最初は町の寄り合いで馴染みの老人から、あんた痩せたんじゃねえかと、近寄られた。コンビニのまだ30代の店長も、精が出ますねと、盛夏の頃、買い物の内容を覚えられたかと、笑顔の応対に小さな不安が差した。確かに、イメチェンをした店には長い付き合いの常連客もいて、切り捨てるつもりは毛頭なかったが、最初はそう思われて、いやいやパンク修理でも、なんでもやりますと、一度は片付けた廉価な通勤自転車を注文して、客層に応えようとして、結局それでは駄目だとわかるまで、性格の異なる商売を掛け持ちでしているような忙しさに追われ、でもそれで、客足も途絶えることなく、新しい形態に関心を持ってくれる転向の客もいて、一年目は危うかったが、二年目で、借金の返済が苦ではなくなった。抱える責を減らし続ければそれは楽だが、篠田の場合、減らすわけにはいかない、自責の日常の持続が必要なのだった。 　さすがに、バイトを頼んだ高校生から、休んでいただいていいですよと、労いの言葉をかけられて、はっとして鏡をみると、髪が他人のもののように白いものが増え、目元も落窪んでいるので、仕事のカレンダーの書き込みを眺めて、これではむしろ目立つなと言葉にしてしまって、それを耳にした高校生の達夫は、「えっ」とこれも声に出たのがわかった。 　呑気さが仕草に自然と出るように工夫するには、どうしようかと、風呂の中、やはり役場の友人から薦められた女性と所帯を持つかなどと頭に湯をかけてから潜った翌日、亡き妻の親戚が住む街で震災があり、津波で義妹一家が流されたらしいと知って、使えない電話と携帯を何度も何度も年賀状にあった番号を押してから、何も考えずに車を走らせて10時間後、跡形もない街の前に立ち尽くしていた。 　聡は、10歳になっていたが、篠田のことなど、両親からこれといって話を聞いたことがなかった。母親の亡くなった姉の夫だと説明されても、ぼんやり頭の中が濁ったまま虚ろな表情を変えなかった。 奥歯で頬の内側を噛み破った痛みに堪えるように血を飲み込み、それを繰り返す度に少量を嘔吐し、自分に言い聞かせるように、「だれもいない」と小さく反芻している。身体は怪我などないけれども、とにかく精神的なダメージをケアする意味で入院する必要がある。何が専門なのかわからない若い医師から説明を受け、とにかく引き受けて連れて行きますというと、これをそちらで医師に渡してください。落書きのような手書きの処方を受け取り、安否確認の家族名簿の横に、自分の名前の身元証明の書き込みをするがうまく文字が書けない。指先が震えているのがわかった。医師からもらった睡眠薬で車の中、聡は白い顔で気を失うように眠り続けた。篠田は賢明に考えようとするのだが、何も浮かばなかった。時折、車の助手席の聡の手を、起こさぬよう弱く握ってみたが、それはあまりに小さく冷たかった。]]></description>
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		<title>音の子</title>
		<description><![CDATA[　ようやくつま先がペダルにとどくほどの年齢の子の指先は、まだたどたどしい。幾度も途中で止まったけれども、隣で静かに見守る風な初枝は叱るでもなく、子供の肩に手を乗せ再び弾くことを促すようにゆっくりリズムを与える。少し出遅れるように少女は小さな顎をそのテンポに合わせて、左右の指先の位置を確かめるようにして、まだ拙い音の波の中へ入っていった。 「バイエルの102番は淳ちゃんが自分で選んだのよ。ね」 一緒にテーブルについて、坂本が持っていったプチスイーツを口に運ぶ少女は、聞けば小学４年ですと、さきほどのレッスンの時とは面持ちが変わって、はきはきと返事をする。口元に赤いラズベリーソースをつけたまま大きく微笑み、淳ちゃんは頷いた。初枝が弾いていくバイエルの曲を聴かせて、どれが弾きたいかを選ばせるのだという。勿論全てを弾くのは大変だから、初枝のほうもその時の気分や、レッスンを受ける子供たちの様子を観察して選んでいるという。ママゴトみたいなレッスンだがと内心を笑顔に変えて、双方が楽しいのが一番だね。坂本が返すと、初枝は、選んでからが大変よね〜と淳ちゃんに相づちを求めて笑った。 　ココアをおかわりした淳ちゃんが小さなゲップを出したのを皆で笑うと玄関の呼び鈴が鳴り、透君がきたわと、初枝は淳ちゃんの肩に手を置き、片付けを促しながら立ち上がっていらっしゃいと声をかけ、中学生になったばかりのような透君を中に招いた。テーブルを振り返り、ラッキーねまだ残ってる。ここに座って坂本さんの差し入れを食べてからはじめましょ。とキッチンのほうへ透君のココアの用意するために歩いた。初枝の素足が床のフローリングにキュっと鳴った。 　坂本が、今は亡き初枝の夫の森田を大学の先輩だったと知ったのは、事故の報道記事を新聞で読み、あっと声をだした時だった。東京の郊外の学部での学生時に、地味なサイクリング部で二度ほど奥多摩まで気楽なツーリングを楽しんだ二つ学年が上の目立たない人だったと記憶していた。それほど懇意にしていたわけではなかったが偶然にしろこんなに近い場所に居るのだから葬式には行くと決め、線香をあげそのまま帰った。一周忌の時、参列者名簿をみた初枝が坂本に葉書を送り、坂本は再び線香をあげに出向いた。その時に初枝のほうから、夫とはどういう知り合いでしたかと尋ねられ、覚えていることは全て話そうと、家族の前で、できるだけ克明に森田の様子を憶いだすように話していた。帰り際、初枝の家族から、他の客の世話をする本人から隠れるように、あの子をよろしく頼みますと頭を下げられて、一度はどういう意味ですかと言葉に出して尋ねたが、その時は、こちらに気づいて初枝が近づいたので、家族は黙ったまま再び頭だけを下げた。数日後、初枝の母親から坂本のところに電話があり、懇々と夫を亡くした初枝の気が振れた様子を話しつづけ、私どもより近くにいる友人が一番ですからと、いつの間にか、坂本が初枝の友人の筆頭に挙げられていた。坂本はあまり深く考えず、近くに住む友人として、ひとりでピアノ教室をはじめた初枝の暮らしの不足を、自分ができる範囲で手伝えればと考えて、電話があれば水道の凍結修理や、枝きりの手伝いに行き、そういった暮らしにどこか充足感が含まれることを感じていた。 　初枝は坂本に若い頃の森田の事をあれこれ聞くわけではなかった。私と同じように夫のことを知っている人という坂本との距離には、幾分妬ましさも含まれていて、加えて、年齢も同じであることを知り、やがて互いに思うことを平気で言い合うようになった。坂本に、あなたはなぜ結婚しないのと尋ねると、坂本は、余計なお世話だと笑って返す。それが初枝にもどこか嬉しかった。 ピアノ教則シリーズ 2 バイエル ピアノ教則(2) (No.50～106)]]></description>
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	<item>
		<title>転落</title>
		<description><![CDATA[日曜日の午前だったが取り付けた工作機械の稼働の様子を最初の段階で直に確認しておく必要があり、社長から申し訳ないと頭を下がられていたが、いえ休みなんて寝ているだけですからと、坂本本人も、以前の事故の責任を感じていたので、快く引き受け、若い社員には家族サービスしろと肩を叩いて、土曜の搬入も遅くまでひとりで業者に付き合い、明日もよろしく頼みますと、業者にむかって社長の真似をしていた。 昼前にはテスト稼働のチェックが終わり、工場倉庫の鍵を閉め、昼飯はこってりとしたものでも喰うかとよく晴れた空を見上げていた。この時は鮮明に覚えている。 夕方、坂道を足を引きずって歩いているところを、買い物に出た小和村の東城夫婦が軽トラを止めて荷台に乗るよう促し、街まで下ってどうしましたと若そうな警邏ひとりの交番で夫妻がとりあえず緊急医を尋ね、到着した救急車に三人に支えられるようにして乗り換えて、赤十字病院と向かった。 左足首を捻挫し、胸を殴打した内出血があり、持ち物はズボンのポケットにハイライトとライターしかなかった。顳顬から流れた血液が乾いていたので、医者はレントゲンを撮影しましょうと、頭の心配をした。 月曜日の朝、病院のベッドの上で目を覚まし、軽いものを喰いながら自分の身体の痛みの疼く場所を何カ所か確認し、ここではじめて昨日のことを振り返ろうとしたが、昼前の見上げた空しか浮かんでこない。横のテーブルの上にあったハイライトを掴み、ベッドの脇に添えられてあった松葉杖を使って喫煙室を探し、結局受付の外の喫煙所と書かれたベンチに座って一服した時に、向こうから会社の連中が数人歩いてくるのが見えた。]]></description>
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		<title>10年</title>
		<description><![CDATA[気づけば十年なにもなかったように時間は過ぎている。 同じ場所に寝起きして、日々の繰り返しが時を支えたという安堵もどこかにある。 仕事の仲間と酒を交わしたが、交わした人間は何かに追われるように職場を後にしていった。昨日声をかけられるまで、自身が古参兵だと考えたこともなかった。 遠山は、やめてくれませんかと柔らかいけれども、こちらに向かってこない、自分より若い上司の慇懃な声を憶いだし、洗濯機の中から捩れた衣服を取り出しながら、逆さまってのは嫌だなと声にだした。 小さなベランダに干してから、二度ほど誘われた競馬に、今日は行ってみようかと支度をしたが、足元に散らばって重なった雑誌や新聞に躓いて、小さな部屋を片付けはじめた。 日々片付けて、男の独り住まいが熊の巣のようにならぬよう、若ければそれでもよいが、気をつけてはいる。それでも息を吸う肉の塊が動けば部屋は、いくら片付けても淀むものだ。今更潔癖へ挑んでも、いずれその性分に耐えられないことがわかる。ベッドの下には掃除機を入れたが、重ね直した雑誌は足で少し蹴って乱した。 インスタント珈琲を片手に昼飯はどうしようかと、再びベランダへ出て、高いところを走るような雲を見上げた。ベランダの手すりの塗料が剥げていて、指先で簡単に捲り取れた。 通りの向こうの棟の、同じ位の高さの窓から、女がひとつふたつ外へ放り出した。夫婦喧嘩でもしたか。木霊してもいい争いの音は聴こえない。腕時計は正午まであと十五分を示していた。 窓から女の姿が消えた時、ひいという妙な声が下の通りから真直ぐ細く立ち上がるように聴こえた。立ち尽くした初老の女性が買い物かごを地面に落として顔に手をあてている。 そのうちにぺたんと座り込んだ。音がしなかった。 遠山ははっとして、部屋を飛び出し、エレベーターを使わずに階段を駆け下り、へたり込んでいる女性へ走った。 女性の前の花壇の縁石に、女が投げ落とした赤ん坊が糸の切れた操り人形のような嫌な形であった。 遠山が赤ん坊の胸に手を置くと既に吐息は切れていた。背骨が折れているかもしれない。蘇生措置などすれば悪い方に傾く。まさぐったポケットに携帯はなかったので、顔を覆って唸っている女性に携帯はもっているかと怒鳴ると首を振るので、角の公衆電話まで走り警察と救急車を呼んだのだった。自転車に乗った警邏官が最初にひとりできたが、様子を知ると慌てて所轄に追加連絡をし、数分でパトカー二台と救急車が到着した。徐々に集まりはじめた人間の中に遠山は屈んで、まだ黒い目元を両手で覆っている女性の背をなでながら、私服の刑事の質問に答える前に、赤ん坊を運ぶ救急隊員にその子は大丈夫ですかと声をかけたが、わからないという返事がかえった。 遠山があそこですと指を差すと、窓辺からやや下がったあたりに女が立ち、白い顔でこちらを見下ろしていた。部屋に駆け上がった刑事の促しに、女は静かに従い車に乗っていった。すでに赤ん坊は救急車で運ばれた後だった。女は赤いサンダルを履いていた。 遠山は、赤ん坊を投げ捨てた咲子とこうして出会った。]]></description>
		<link>http://edanookutoki.com/data/?p=1</link>
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